みなさん、こんにちは。 鈴鹿8耐応援してもらって、ありがとう。
残念な結果になってしまいましたけど、レースやからしかたがない。
勝てばまた来年、負けても、リタイヤしてもまた来年、

それが、鈴鹿8時間耐久オートバイレースなのです。

レースをはじめて18年。 8耐は、通算9回目。
見に来て面白いレースは、やってる人はもっと面白い。
やめられません、これだけは。
あと10年いや、15年は 続けて行きたいとおもう。
これからも、応援お願いします。

大島 正

このコメントは、私(妹)が作っているHPで、'99の8耐に参戦した兄を応援して下さった方へ兄がご挨拶として書いたものです。


1963年11月28日、大阪府豊中市生まれ。

幼少の頃より「車輪」のついたものに異常に興味を示し、且つ幼稚園や学校の教師が手を焼くほどの落ち着きの無い子供時代を過ごす。

また家庭では狡賢い妹の被害に合い続け、どんなイタズラも自分のせいにされて父母からこてんぱんに叱られながらも、何かと言えば妹を庇ってくれるお人よしさと優しさは、おそらく幼少の頃に悟りを開いた故のものと思われる。

また天性の大らかさ、好悪し問わずあっけらかんとした性格もこの頃の忍耐に基づいて形成されたものと思われる(が…どんなもんでしょうか…)。

中学生の頃には悪友とそこらへんから『拾ってきた』自転車を改造して「大島正ローリングスペシャル」と名づけて乗りまわし、高校入学前後には「蜻蛉(とんぼ)」という自転車ツーリングチームを結成。

その後単車を手にし、『我が意を得たり!』の人生を過ごす。

箕面の峠で「CURIOUS」というツーリングチームを結成、「箕面の山猿」の異名を取りつつ峠を攻めている時に仲間の事故死を経験し、「峠で走っていては危ない」との思い、BEETのスカウトとの好機からレースへの道を歩み始める。

何度転んで怪我をしても、それで自らチャンスを潰しても、果敢にレースを楽しむ姿は、周囲から呆れられつつも暖かい目で見られていたように思う。多分。(骨折で入院し、車椅子状態でも『車椅子でウィリーをする方法』を周囲に教示している様子を見るあたり、周りの諦めも見てとれる)

99年8月29日、栃木県ツインリンクもてぎ"’99もてぎ7時間耐久レース"レース中の転倒事故により逝去、享年35歳。速暉院正朗和順居士。



大島正プロフィール

82年 6月 鈴鹿200kmTT-F3クラスでデビュー
84年 国際B級昇格 AB混走TT-F3優勝2回 B級ランキング2位
85年 国際A級昇格
86年 TT-F1参戦開始 ランキング23位
87年 TT-F1ランキング10位
88年 鈴鹿200km優勝 TT-F1ランキング9位
89年 鈴鹿8時間耐久レース2位 TT-F1ランキング12位
90年 鈴鹿8時間耐久レース2位 TT-F1ランキング7位
91年 TT-F1ランキング17位
94年 NK-1参戦開始
95年 NK-1ランキング8位
96年 NK-1ランキング2位
97年 NK-1ランキング6位
98年 鈴鹿8時間耐久レース21位
98年 もてぎ7時間耐久レース3位  
99年 鈴鹿200Km総合28位クラス7位 鈴鹿8時間耐久レース48位