私の元に、兄の訃報の第一報が飛びこんで来たのは'99年8月29日、午後1時30分頃。
栃木県の"ツインリンクもてぎ"で開催されている"99もてぎ7時間耐久レース"決勝当日でした。
「どんだけひっくり返っても骨折っても、俺は逃げるん巧いから絶対死なへんって」
いつもそういって豪快に笑い、母を安心させていた兄の突然の訃報です。
俄かに信じ難い思いでこれはきっと何かの間違いだと頭の中で繰り返していました。
よく転倒しては骨折し、その度に「次はこけへんって!大丈夫やって!」と言いつつ手術の傷痕を私に嬉しそうに見せ、「ここな、骨繋ぐのに鉄板入ってんねん。だから今俺サイボーグや。すごいやろ?」と兄はいつでも笑っていました。
そんな兄だからこそ、レースで死ぬわけがないと私は思いこんでいたのかもしれません。
でも、どうもゴールを通りすぎて、兄が天国まで走って行ってしまったのは本当のようでした。
あの日から半年が過ぎました。
長いような短いような、あっという間の半年でした。その間、沢山の方から兄の思い出や、兄に対する悼み、励ましの言葉を頂きました。
沢山の言葉の中から私達の知らなかった兄の毎日を紡ぎ、兄の楽しそうな笑顔を思い出すことで日々過ごして来ました。
その中で一番実感したのは「兄は本当にレースが大好きだったんだ」という、本人に言わせれば「今さら何言うてんねん」と笑われそうな、本当に単純なことです。
「バカみたいに走ることが好きだった大島正というレーサーがいたことを、できれば少しでも沢山の人に覚えていて欲しい」
家族の我侭な想いは、そんな日々の中で日毎強くなって行き、 その思いを形にするにはどうしたらいいんだろう…私達が考えた結果が「まずは兄のメモリアルサイトを作ろう」ということでした。
兄の生前、私は兄に「にいちゃんのホームページ作ったるわ」と約束しており、兄もそれを楽しみにしてくれていました。
バイク関連のホームページにアクセスしては、その時々の出来事を嬉々として掲示板に書きこんでいた兄ですから、きっと自分のホームページができたときには喜んでくれたろうと思います。
残念ながら準備を進める中での事故だったので頓挫していましたが、今回こんな形ではありますが兄との約束を果たすことができたように思います。
そして、私達家族の願いを昇華させる一端になれば、と願います。
*-*-*-*-*
今回、このホームページの作成にあたって、本当に沢山の皆様から快くご協力をいただきました。
コメントをくださった方、写真を提供してくださった方、 また色々な面でご尽力いただいた皆様のご好意がなければ実現しないことでした。 この場を借りて厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
*-*-*-*-*
兄が天国に行ってから尚、残念なことに悲しい事故は繰り返されています。
どうか、できればもう二度と私達と同じ思いをする人がないようにという想いを込めて、ライダーの安全を考える事に人一倍熱心であり、尚且つ走ることを楽しみつづけ、こだわりつづけた兄の事を記憶の片隅に置いていただけることを切に願います。
04/01/00
Mami Oshima